デス・オーバチュア
第151話「ゲート・オブ・アナザー」




赤黒き夜光が迷宮を蹂躙し尽くした。
夜光の進行上の迷宮……元ホワイトの街は全て喰い尽くされ、見通しの良い平地と化している。
「ほう……呑まれず残ってやがるか」
平地のど真ん中、丁度リューディアが立っていた塔があった辺りに、青紫の大剣を突きだした少年が立っていた。
その背後には、銀髪のポニーテールのメイドに庇うように抱きつかれたリューディアの姿も見える。
「ち、ちょっと、シン、イヴ、余計なことは……」
「……余計な手出しはしていない……ただ、姉さんが汚されるのを回避しただけ……」
「リューディア様が御自身で今の夜光を回避するのは不可能でした」
「うっ……ちょっと、予想外に凄い攻撃で判断が鈍っただけよ……」
リューディアは、図星、認めたくない不覚を指摘された。
「……まあ、マントじゃ吸いきれなかっただろうし、壁や盾を数枚、新たに創っても焼け石に水だっただろうし……うう〜、確かにあの夜光があたくしに届くまでに対処法を考えつかなかったのは認めるわよ……」
「御納得頂けたのなら、後は私かシン様にお任せください」
「うう〜、仕方ないわね」
リューディアがかぶっていたシルクハットを宙に放ると、シルクハットは空中で白い帽子に転じる。
そして、帽子がリューディアの頭上に降り立った時には、リューディアの姿は白いワンピースに変化していた。
「……シン、後は任せたわ。適当に片づけちゃって」
リューディアは白い帽子を深々とかぶり直しながら、弟に容易いことのように命じる。
「……解ったよ、姉さん。すぐに終わるからそこで待ってて……」
「ああ?」
至極容易いことのように応じたシンに、クヴェーラは不快感を露わにした。
「イヴ」
「はい、姫様」
リューディアは自分の背後に豪奢な椅子を創造すると、イヴからバイオリンを受け取りながら、深々と腰掛ける。
「さて、シン相手に一曲弾き終わるまでもつかしらね」
そして、戦いのBGM(バックグラウンドミュージック)をバイオリンで奏で始めた。



「夜叉三日月剣!」
赤黒き三日月が二つ、地を駈ける。
シンは二つの巨大な三日月の隙間をすり抜けるようにして避けた。
かわされた二つの三日月はそのままシンの背後で演奏しているリューディアに迫る。
「ふっ!」
リューディアの前に飛び出したイヴは、攻城用の巨大なハンマーで二つの赤黒き三日月をまとめて空の彼方へとかっ飛ばした。
「ナイスバッティング〜♪」
リューディアは演奏の手を休めずに、イヴを誉める。
「シン様、できれば回避ではなく相殺してください。流れ弾が姫様に……」
「……君が居るから問題あるまい……だが、こちらからも攻撃に移るとしよう……」
シンは数メートル先のクヴェーラに向けて大剣を振り下ろした。
剣の切り裂いた空間が歪み出す。
「あん?」
「アナザーキャノン(異界砲)!」
空間に穿かれた巨大な大穴から膨大な量の光が吐き出された。



「今度はなんだ?」
タナトスとルーファスと舞姫は、クヴェーラとシンからかなり離れた所にいた。
ちなみに、タナトスとルーファスは最初から殆ど場所を動いていない。
周囲が迷宮に閉ざされたかと思えば、後ろから赤黒い巨大な三日月と共に黒衣の男が現れ、舞姫がその男の作った亀裂からこちらにやってきて……赤黒い光の大波が迷宮を全て呑み尽くし……現在の状況に至っていた。
つまり、タナトス達は何もしていない、ただ傍観していただけである。
「ん? 何が?」
「アレだ、アレ! あの滅茶苦茶な攻撃のことだ!」
シンが大剣を一閃する度に空間に巨大な大穴が穿かれ、穴の中から膨大な光が撃ちだされていた。
空間の大穴は一度攻撃的な光を放出すると穴を閉じるため、空間が穴だらけになることはないが、それでもシンの一太刀ごとに容易く穿かれるため、かなりの数が同時に存在する瞬間があった。
「一発一発が私のデスストームバースト……いや、お前の光輝天舞ぐらいの威力がないか?」
「ん? 酷いなタナトス、俺の光輝天舞はあんな脆弱じゃないよ。俺の光輝天舞の威力に上限はない。まあ、確かに溜め無しで適当に垂れ流しなら、丁度あれくらいの威力かもしれないけどね」
「拘るな、確かにお前の技は比較対象として適切ではなかった……」
光輝天舞はルーファスの力の入れ方、気分次第で威力が変動する技である。
要は掌から自身のもつ莫大な光輝(闘気)を撃ちだしている……ただそれだけの単純の極みな技なのだ。
「誰の技でもいい! 要は私が言いたいのは……」
「ああ、解っているよ。つまり、タナトスやクロスなんかだと、一日一発、多くて三発ぐらいしか撃てない威力の技……つまり『必殺技』をバンバン放ちまくっているのが不思議だってことだろう?」
「むっ……その通りだ……」
「答えは死ぬほど簡単だよ。アレはシン自身の力じゃない。シンが消費しているのはあくまでこじ開ける分の力だけだ」
「こじ開ける? 何をだ?」
タナトスにはルーファスの説明はさっぱり解らない。
「モニカが次元連結能力者、正当な次元の門番なら、あいつは次元と次元の間に抜け道を繋げて、力を僅かにかすめ取る賢しいこそ泥だよ」
「こそ泥?……泥棒?」
タナトスはますます訳が解らなくなった。



「ちっ、何だってんだ?」
クヴェーラはシンの『砲撃』を時にかわし、時には剣でそらし、辛うじて守りきっていた。
「一発一発が修羅究極拳か羅刹終焉波に近い威力を持っていやがる……」
あんな乱発したら、普通ならとっくにエナジーが切れるはずである。
それなのに、シンは息一つ乱していないようだった。
「だいたい剣の使い方じゃねえ、アレじゃあ銃……いや、大砲じゃねえか!」
シンの砲撃はあまりにも休み無く続き、クヴェーラは攻撃を捌くだけで精一杯で、反撃に転じるタイミングをなかなか掴めない。
「ちぃ! 夜叉三日月剣!」
クヴェーラは闘気の練りが不完全なまま、二刀からそれぞれ赤黒き三日月の刃を放った。
三日月と砲撃が中空で激突し、大爆発を起こす。
「夜叉半月剣(やしゃはんげつけん)」
バツ字に交錯した赤黒き三日月が弾丸のように螺旋回転し、赤黒き巨大な半球と化し、爆発の中を貫いた。
「つっ!」
「無駄だっ!」
爆煙の中を貫いて現れた巨大な半月球を、シンは迎撃しようとするが、半月球はシンの撃ちだす光を貫いて突き進んでいく。
「つぅっ!」
シンは半月球は光では消し去れないと判断すると、半月球に大剣を直接斬りつけた。
赤黒き閃光の爆発の中にシンの姿が呑み込まれる。
「半月剣の貫通力を舐めるな!」
「……別に舐めたつもりはないよ……」
閃光と爆煙が晴れ、シンが姿を現した。
「ちっ、殆ど無傷かよ、化け物が……」
「……いや、ちゃんと痛かったよ、それなりにね……」
「それなりかよ……」
「……では、次はこちらの番か……?」
「いいや、てめの番は永遠にない!」
クヴェーラは宣言と同時に空高く跳躍する。
「……夜叉……」
空中で剣舞のようなものを舞うクヴェーラの全身から、赤黒き夜光が爆発的に溢れ出していた。
「連続で攻撃か……狡いな……」
見上げるシンには、空に赤黒き満月が生まれたかのように見える。
「……満月剣(まんげつけん)!」
赤黒き満月が、シンを目指して超高速で降下していった。



人間の十倍近い大きさの三日月や半月球のさらに数十倍〜数百倍……まさに空に浮かぶ月がそのまま地に落ちてきたかのような凄まじい威力の一撃だった。
「たく、国を吹き飛ばす気かよ、傍迷惑な……」
見渡す限りの周囲が光輝の巨大な膜……光のドームに包まれている。
さらに、タナトスの前に庇うように立っていたルーファスの前面には光輝の障壁が展開されていた。
「結界を張るか、プライベートワールドでも使えっていうんだよ、ガキ共が」
「へえ〜、その子はともかく、叔父様がこんな街まで守るなんて意外ね〜」
そう言うリューディアの前には、左手を突きだしたイヴが立っている。
彼女は突きだした左手だけで、どうやったのか解らないが、爆発からリューディアを守ったのだった。
リューディアの座っている場所から、ルーファスとタナトスの居る場所まで、巨大なクレーターが拡がっている。
その巨大なクレーターの中心でクヴェーラとシンが向き合っていた。
「手加減し過ぎたか? まあ、でも今度は結構効いたみたいだな」
「…………」
シンの衣服はボロボロになって薄汚れている。
「……やはり、アナザーキャノンごときでは無理か……」
シンが右手に持つ大剣が青紫の煌めきを放ちだした。
「アナザーキャノンは異次元へと繋げた小さな抜け穴から僅かに『力』を漏れ出させる……ただそれだけの現象……」
「けっ、なるほどな。てめえはあくまで穴を開けただけ、力自体は異次元から漏れだしてくるものだから、いくらやってもてめえ自身は殆ど疲れないわけだ……借り物野郎が……」
クヴェーラは侮蔑を込めて吐き捨てると、双剣を構え直す。
「……モニカ義姉さんと違って……自分の意志で好きな異世界に繋げることもできない……ランダム……適当にどこかの世界へ通じる……小さな小さな穴を開ける……本当に些細な能力……モニカ義姉さんの次元連結砲に比べたら水鉄砲のようなモノ……」
「そこまで卑下することはないぜ、そこそこ強かったぜ、てめえも……まあ、相手が悪かったな。夜叉……」
クヴェーラは全身から赤黒き夜光を迸らせながら、シンの懐に飛び込んだ。
自分に返るダメージも省みず、零距離で満月剣を放つつもりなのである。
「満月……」
「アナザーゲート(異界門)!」
クヴェーラが満月剣を放つより一瞬速く、シンの大剣が一閃された。
「何だと!?」
クヴェーラにはダメージも傷もない。
ただ、剣の通過した軌道が、クヴェーラごと、空間を完全に両断していた。
空間の断層にクヴェーラの姿が吸い込まれていく。
「て、てめえええええぇぇぇっ!?」
「アセンション(昇天)!」
シンが大剣を背中の鞘に収めると同時に、クヴェーラを吸い込んだ空間の断層は弾けるように一気に塞がった。



「はい、シン、御苦労様〜♪」
通常に戻った空間に、リューディアの拍手の音が響いた。
「…………」
シンは無言で、リューディアの後ろに控えるように戻る。
「ちゃんと一曲分はもったわね……まあ、なかなかだったかしら?」
バイオリンをケースにしまいながらリューディアが立ち上がると、背後の椅子が最初からなかったかのように消失した。
「……ところで、叔父様。あたくし達がどうやって地上に来たか解ります?」
リューディアはバイオリンケースをイヴに渡しながら、ルーファスに話しかける。
「あん?……なるほど、確かにお前らは魔王達と違って『まるごと』来てやがるな」
「ええ、エナジーの大半を切り離しての死界ショートカットなんてせこいことはしないわ。ちゃんと『正面』から堂々と来たのよ……アレに乗ってね〜♪」
リューディアが頭上を指差した瞬間、突然『夜』が訪れた。
先程まで、夜が明けたばかりの早朝だったはずなのに、再び夜が訪れたのである。
「……アレは……確か……」
頭上を見上げたタナトスは、夜が訪れたのではなく、ホワイトの国全てがあるモノの『影』に覆われたことに気づいた。
それはタナトスにとっても見覚えがあるモノ、以前、一度だけ見たことがあるモノである。
「……至高天か」
ホワイトの街全てを……いや、ホワイトという国の全ての領土よりも巨大な城が天を覆い尽くしていた。








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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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